コラム記事
4.232024
日本のレストランにおけるハラール対応の必要性について考察
コロナ禍も明け、多くの外国人観光客が日本に回帰しています。台湾や韓国などの来日ニーズが中心ではあるものの、マレーシアやインドネシアなどイスラム教徒を中心とする国からの訪日観光客も増加傾向です。
彼らはイスラム教徒ゆえに食事に関して宗教上の制約、ハラールという基準があることは皆さんもどこかで聞いたことがあるでしょう。
ハラールについて詳しく知りたいという方はこちらの記事を参考にしてください。
そんな彼らへの食の提供はビジネスとしても魅力的であり、実際に東京や大阪を中心にイスラム教徒(ムスリム)向けの飲食店開業がここ2年ほどで増加傾向にあります。しかしながら、宗教の制約についてどこまで対応をするべきでしょうか。
イスラム教を国教とするマレーシアにて4年間ハラール事業を展開する経験から、私は「日本ではハラール認証取得は必須ではなく自主規格でも十分対応が可能」と考えています。
今回の記事では、ムスリムが多く暮らす国マレーシアで4年間ハラール事業を展開してきた自身の経験を基に、日本のレストランにおけるハラール対応の必要性について解説します。
目次
第一に重要な点は、取り扱う食材のチェック
何より一番に重要なポイントは、取り扱う食材が何であるかという点です。ムスリムが一番避ける食材は「豚」です。それゆえ、豚を扱う飲食店(例:豚骨ラーメンやとんかつ屋)はムスリム向け集客が不可能。戒律に従うと酒類に関してもNGですが、あくまで調理上の使用がNGで、海外となる日本では非ムスリムの同席者や飲食者の飲酒に関しては寛容な方が多いです。
また、鶏肉や牛肉などもムスリムによる食肉処理を行った肉のみがハラールとして取り扱われているため、その類のメニューを提供する場合にも注意が必要です。ハラール和牛に関しては徳島や宮崎、そして神戸でも提供がありますので調達には問題ないでしょう。
鶏肉に関しては、ブラジルやトルコ産の冷凍肉を提供するスタイルが一般的です。そして、気をつける点は調味料などにも及びます。特にアルコールが原料由来の酢やみりんなどには注意ください。日本でも代替品としてハラール認証品の入手が可能ですので、専門の商社やメーカーに相談されることをおすすめします。
ハラール認証取得は必須ではない
マレーシアやインドネシアなど、ムスリムが大多数となる国ではハラール認証のレストランを多く見かけます。中にはハラール認証がない店には行かない(信用しない)という宗教観を持つ方もいるほど、ハラール認証への信頼感は高いと言えるでしょう。
そのハラール認証を掲げるレストランですが、実は中規模以上の事業者が中心であることをご存じですか?この理由は、ハラール認証を維持する上で厳しい基準の品質管理が求められること、そして維持コストもかかるという背景があるためです。それゆえ、零細規模の飲食店に関してはムスリムがオーナーである(=信用に値する)というスタンスでハラール料理を提供しているのが現状です。
日本ではローカルルールが可能
では、「日本でハラール認証を取得するということはマレーシアのように厳しい基準を求められるのか?」という疑問が湧くしょうが、そのようなことは全くありませんのでご安心ください。
マレーシアのようなイスラム国家ではハラール認証は法律の元に管理されますが、ここ日本では在日ハラール団体それぞれが制定したルールの中で運営するスタイルです。
日本国内で飲食店を展開したいのか、製造メーカーとして海外ハラール認証機関との相互認証を検討しているのか。前者と後者では目指す方向性は大きく変わるため、自ずと認証団体の選び方も変わりますので注意が必要です。
日本の飲食店でのハラール対応となる今回の場合は、日本のローカルルールでの対応ということで一部の認証団体によってはアルコール提供も可という実情もあります。提供する料理次第では、酒類提供がなければ客単価が落ちる、日本人顧客が来なくなるといったリスクもあるという背景には注意が必要です。
認証取得店はムスリム集客に効果あり
上述の通り、マレーシアでのハラール認証取得店のみに訪問するという声は実は小さくはなく、以前弊社で取得したアンケート(N=2000)の結果によると、「マレーシア国内ではハラール認証取得レストランの訪問を優先する」との声が全体の30%という結果でした。
「日本食=酒、豚」という認識は彼らも当然持ち合わせていますし、特に非イスラム圏の国に自ら訪問しているため、その点は納得している方が多いことも事実です。
しかしながら、特に年配者や信仰を最重要視する層を中心に「ハラール認証を取得した飲食店を希望する」という声もあり、都内のハラール認証取得焼肉店では顧客の8割以上がムスリムという事例もあります。店舗にて数名の顧客にインタビューを実施したところ、「ハラール認証マークがあるので安心できる」「知人にも安心して紹介できる」などのポジティブな声を聞くことができました。また、ハラール認証店舗はSNSでも紹介されやすい(=認証があるので安心できる)傾向があることも注目すべき点です。
ムスリムフレンドリーとしての対応
しかしながら、ハラール認証は維持の点で費用がかかることを忘れてはなりません。認証団体によって周期は異なりますが毎年および隔年での店舗チェックが必須で、特に小規模事業者にとっては条件をキープするための費用が負担になるという声も聞きます。
この点を解決する策として、ハラール認証ではなくムスリムフレンドリーでの対応でも市場のニーズに応えることが可能です。ムスリムフレンドリーとは「ハラール認証はないが、自主規格で取り組んでいる」ということで、実際にマレーシアでもそのような飲食店も多く、ムスリム顧客の集客にも成功していますのでご安心ください。
自主規格での対応可能
自主規格によるムスリムフレンドリー提供について、まず大事な点はルール設定です。文化の背景も異なる中でのスタートですので、ハラール/ムスリムフレンドリー対応の知識と経験があるアドバイザーに相談されることをおすすめします。
細かい対応に関する部分は割愛しますが、特に大事な基礎的な点は以下の通りです。
- 豚肉を扱わない
- 鶏肉や牛肉はハラール原料を使う
- 調味料はハラール原材料を使用する
- ムスリムフレンドリーメニューの調理は、通常メニューとコンタミネーションがないようにする
「認証取得するのではなく、自主規格で展開したい」と考えられる方は以上の点に注意ください。
自治体の取り組み:岡山市の事例
岡山市では数年前よりムスリムインバウンドに注力しており、その中でも特に食の対応を重要視しています。独自のムスリムフレンドリー基準を制定し、岡山市が独自に作成したおもてなしマークとして、桃をあしらった「ピーチマーク」を店舗やメニューに掲載。ムスリムが安心できる食提供のインフラ構築に努めています。
今後はこのような取り組みは多くの自治体で取り入れられるでしょう。飲食店側としても導入および維持コストが比較的安価という背景があることも、取り組みやすい理由のひとつです。
岡山市のムスリムフレンドリーツーリズムのHPはこちら
マレーシアでの展開事例
ハラールの本場マレーシアでは、日本食レストランはどのようにムスリム層の集客に取り組んでいるのか?という疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか。
クアラルンプールで展開されている日本食屋の事例をいくつかご紹介します。先述の通り、マレーシアはイスラム教を国教とする国で、人口の約64%がマレー系のイスラム教徒です。それゆえ、大きなマーケットを意識する場合にはハラールおよびムスリムフレンドリー対応は欠かすことができません。
マレーシアの人口構成について詳しく知りたい方はこちらの記事を参考にしてください。
ハラール認証取得ラーメン店 SEIROCK-YA
インドネシアでもハラール認証を取得し、多店舗展開している鶏白湯系ラーメン店。クアラルンプールを中心に複数店舗を展開し、ローカルのムスリムに絶大な人気を博しています。
価格帯も日系の非ハラールのラーメン(とんこつラーメンなど)と比較しても数百円程度割安感もあることから価格競争力もあります。
マレーシアや日本でハラールのラーメン事業を展開されたいと考えられている方はぜひ、クアラルンプール郊外にあるUP TOWN本店でTORIPAITAN RAMEN EXTREMEをご試食ください。個人的にも一番お気に入りのハラールラーメンです。
SEIROCK-YAのHPはこちら
ムスリムフレンドリー日本食店 SAKANA
マレーシアで最も有名な観光スポットであるツインタワー。タワー併設のショッピングモールSURIA KLCCで展開している日本食店SAKANAでは2年前よりムスリムフレンドリー対応に舵を切りました。
弊社で対応サポートさせていただき、食事のメニューは全てムスリムフレンドリー対応した食材を使用しています。同時に、SNSでの積極的なムスリム顧客の集客に取り組むことで、現在では多くのムスリム層を顧客として取り組むことに成功しています。また酒類の提供もあることから非ムスリム顧客の需要もしっかり獲得しています。
SAKANAのHPはこちら
ハラール認証取得≠事業の成功という点には注意
食品の輸出でも同じことが言えますが、ハラール認証を取得したからと言って輸出が成功する、商品が売れるということは全くありません。ハラール認証はあくまでムスリム市場参入の切符であって、認証の取得自体が成功を約束するものではないという点が重要です。
この点についてはこちらの記事で詳しく解説しています。興味がある方はぜひご一読ください。
この、「ハラール認証取得≠事業の成功」という点は、ここマレーシアでも同じような事が起きています。クアラルンプールでローカルの知人が経営していたハラール日本食屋開業の例を、ご紹介します。
ムスリムオーナーによる本格的日本食レストラン(日本食店で10年以上修行経験あり)ということもあり、開業当時は大勢の顧客で賑わっていました。その後ハラール認証の取得を目指し悪戦苦闘の上ようやく認証を取得しましたが、その頃には来客数も落ちてしまい非常に苦戦をしている様子。経営内容を拝見する機会がありましたが、事業が継続できる状況ではないことが明白なほどの財務状況でその数カ月後には閉店という結果に。
確かに味は素晴らしいのですが、レストラン経営は味だけで決まるものではない現実があります。また、ハラール認証を取得したからと言って「じゃあお店に行こう」ということも絶対にありません。立地、価格、サービス、マーケティングなど多くの要因が複雑に絡み合ってこそ、集客=売上そして利益を生み出す、ということを間近で知る機会となりました。
まとめ
今回は日本のレストランにおけるハラール対応の必要性について、マレーシアや日本での事例紹介を基に解説しました。
上述の通り、「日本ではハラール認証取得は必須ではなく、自主規格でも十分対応が可能」と私は考えます。ハラール/ムスリムフレンドリー対応はあくまで集客の手段のひとつであり、それ以上の要因(メニュー、価格、立地、サービスなど)が集客につながる大きな要因であると感じています。
今後日本でムスリム市場の集客を検討されている方は、ぜひ一度マレーシアで活躍されている日本食店を見学されることをおすすめします。弊社ではクアラルンプールを中心として市場調査アテンドツアーを実施しており、レストランオーナーとの面会の場も提供しています。
詳細はこちらを確認ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。