コラム記事
3.292024
マレーシアの大規模開発計画と経済特区
マレーシアでは、マハティール首相の初回任期中(1981年-2003年)に提唱された「Wawasan2020」と呼ばれる国家のIT・ハイテク化を進め2020年までに先進国の仲間入りをするという長期開発計画のもと、多くの国家プロジェクトを継続して打ち出してきました。
以降、マレーシア各地に経済特区が設定され、海外からの投資を広く募っています。今回は、マレーシアが展開している大規模開発計画や特色のある経済特区政策について、歴史を交えてご紹介します。
目次
経済特区とは
地域や国全体の経済発展に寄与することを目的とし、さまざまな特別措置や規制緩和などが例外的に認められる地域が経済特区(英語:Special Economic Zone (SEZ))です。
「経済特区」という言葉が広まったのは1980年代以降、中国が小さな漁港の町だった深圳を海外からの直接投資を受け入れる特区として指定し、その深圳の爆発的発展が世界的に有名になった頃からでした。
深圳のような成功例に倣い、現在では多くの国で経済発展の一政策として経済特区が設けられています。輸出加工業に特化した老舗の特区もあれば、ITや金融などのための特区など、種類や定義も多様化しています。
とりわけマレーシアでは、一つの都市にとどまらず、広大なエリアを総合的に開発するプロジェクトが展開されてきています。では、各地で展開されている具体的な特区についてご紹介します。
MSC(マルチメディアスーパーコリドー)計画とサイバージャヤ
マレーシアの大規模開発計画の象徴的なものが「MSC(マルチメディアスーパーコリドー)計画」です。クアラルンプールから南に広がるコリドー(回廊)として広大な土地が確保され、1998年にクアラルンプール国際空港が開港、2001年には新行政都市プトラジャヤの運用が開始されました。F1マレーシアGPが開催されていたセパン・インターナショナルサーキット建設もこの時期です。
そのMSC地区内、プトラジャヤに隣接し建設された経済特区が「サイバージャヤ」です。IT・ハイテク産業に特化しており、それら関連企業を海外から積極的に誘致しました。進出企業は要件を満たせば各種税制の優遇措置や外国人就労の人数制限の緩和といった恩恵が受けられます。
マレーシア投資開発庁(MIDA)のウェブサイトに掲載されているマップによれば、現在サイバージャヤは西・南・北・ダウンタウンの4ゾーンに分けられています。
①西:人材・才能育成を目的とした、産学両者のための共同環境(マレーシア最古の私立大学でIT人材を輩出するマルチメディア大学や医療系のサイバージャヤ大学などが立地)
②南:スマートモビリティ・スマートヘルスケア・デジタルクリエイティブの3本を柱とした研究開発地区
③北:IT・ハイテク産業のグローバルビジネス地区
④ダウンタウン:先進ITの実践の場となる商業地区
サイバージャヤ発足当初、まだ交通インフラもそろわない、あちこち赤土がむき出しの開発途上だった時期に一番乗りを果たした外資系大企業のひとつが日本のNTTグループでした。現在ではサイバージャヤでスマートシティの実証実験も行い、2023年には第6のデータセンターを開くなど、サイバージャヤのベテラン企業となっています。
イスカンダル計画
マレー半島南端、ジョホール州に展開する巨大開発計画が「イスカンダル計画」です。
イスカンダル計画は2006年開始。州都ジョホールバルの近郊は広大な土地に恵まれており、大規模な開発が可能でした。またシンガポールに隣接という地の利を生かし、シンガポールと同等の経済圏化も期待されました。
こちらも先述のMSC計画と同様に単一の業種や目的にこだわらない巨大な複合プロジェクトで、大きく特色のある5エリアが指定されました。
①ジョホールバル・シティセンター
ジョホール州都、従来のビジネスエリアを発展的開発。
②イスカンダル・プテリ地区
教育・レジャー・医療環境などの整備による先進都市開発と、外国人の移住・不動産投資を誘致するための高級住宅地・コンドミニアム開発。
③西部ゲート開発地区
タンジュンプルパス港を中心とした物流拠点開発。
④東部ゲート開発地区
もともと製造業の工業地帯として開発されている地区。
⑤セナイ・スクダイ地区
州北部で国内空港を擁する地区。物流やIT産業の拠点として整備。
インスカンダル計画の目玉、先進都市・不動産開発
イスカンダル計画では外国人向けの不動産投資の誘致が盛んに行われ、日本向けにも情報発信されていますので、イスカンダル計画といえば高級不動産の開発というイメージを持っている方もいるのではないでしょうか。
特に上記②のイスカンダル・プテリ地区には多くの住宅街・コンドミニアムが建設され、シンガポール人をはじめ特にアジア諸国からの不動産投資を呼び込んでいますが、住宅物件の整備にとどまらない一つの新しい地域を作り上げる形の開発が行われています。
この地区には2009年にジョホール州政府が移転。「メディニ」という経済特区が設けられ、クリエイティブ・教育・金融アドバイザリー・医療・物流・観光の6業種の参入については法人税が10年間免除、外国人雇用人数の規制も緩和されるなどの優遇が得られます。
また不動産取引でも緩和措置があります。マレーシアでは外国人はRM100万以上の物件しか購入できない規制がありますが、この特区ではRM100万未満の物件でも購入が可能です。
教育面では「Edu City」が建設され、2011年頃からイギリス・シンガポールなどの大学が続々開校。レジャー面では2012年には世界でも人気を誇るレゴランドが開業し、週末のたびにシンガポール人が押し寄せ話題となりました。また、アジアの医療センターを目指すべく大規模総合病院も複数開院。外国人の高級医療ツーリズムの呼び込みも図られています。
なお余談ですが、イスカンダルはアラビア語圏での人名「アレクサンドロス(アレキサンダー)」のことで、計画発足当時のジョホール州のスルタン(イスラム教における王様)の名前に由来します。
NCER(北部回廊経済地域)とECER(東海岸回廊経済地域)
次にご紹介するのは、2007年にスタートした開発計画です。
マレー半島北西部4州(ペナン州・ペルリス州・ケダ州・ペラ州)の開発と発展を目的とするNCER(Northern Corridor Economic Region・北部回廊経済地域)開発計画と、マレー半島東海岸の4州(クランタン州・トレンガヌ州・パハン州・ジョホール州)をカバーするECER(東海岸回廊経済地域)の開発プロジェクトです。
どちらも、首都クアラルンプールからシンガポールへ至る地域と比べて第一次産業の比重が高いのどかな地域の持続可能かつ他地域との格差是正を目標とした開発計画で、特定の事業に対し最長10年間の法人税免除などの優遇を設けています。製造・観光・教育といったマレーシアが得意とし全国で推進する産業はもちろんのこと、MSCやイスカンダル計画では優遇枠には入らない農業分野も該当します。
NCERの中心地となるペナン州は海運の要衝マラッカ海峡に位置し大規模な工業港も備えているため、物流業の投資も歓迎されています。
一方ECERの強みは半島マレーシアの半分を占める広大な敷地の開発が可能なこと。巨大設備が必要な石油化学産業がECERの優遇業種に含まれます。ECERの指定以降、複数の工業港と鉄道網の整備が進められています。特にパハン州のクアンタン港は地域最大の港として、2018年に第一期工事が完了。これにより取扱い物流量が飛躍的に増大しました。クアンタン州では2013年に中国がUSD16億超を投資し、「マレーシア・中国クアンタン工業団地(MCKIP)」を設立済み。そのポテンシャルが窺えます。
SDC(サバ開発回廊)とSCORE(サラワク再生可能エネルギー回廊)
マレーシアの半島側に開発計画が立ち上がった翌年、ボルネオ島の2州、サバ州とサラワク州の開発計画も始まりました。この2計画は特に国内他地域との経済格差是正に重点を置いており、未開発の土地と、日本や中国にも近い地の利の活用が図られています。他の開発地域と同様に、認定事業では税制優遇などの恩恵が受けられます。
SDC(Sabah Development Corridor・サバ開発回廊)の柱は観光・物流・農業・工業。観光では熱帯雨林と海洋のエコツーリズムで収益の高い旅行者の獲得を目指します。農業分野で目指すのは高付加価値。例えば元から生産が盛んなパームヤシは、従来の目的に加えてバイオ燃料の原料としても期待されています。
独特な呼称のSCORE(Sarawak Corridor of Renewable Energy・サラワク再生エネルギー回廊)は、資源が豊富であるサラワク州の強みを生かす開発計画です。ボルネオのジャングルというイメージが強いサラワク州ですが、実は石油と天然ガスが採れることでも知られています。重点産業は石油・ガスをはじめアルミ・鉄鋼・ガラスなどの製造業、木材加工業、パーム油関連産業、また熱帯雨林や海洋エコツーリズムに代表される観光業、漁業とマリンエンジニアリングが該当しています。
まとめ
今回は、マレーシアで全国的に展開されている開発計画と経済特区政策の概要をご紹介しました。
日本ではこの「経済特区」に沖縄県が指定されており、地方創生を目的とした「国家戦略特区」や地域の課題を解決するために設けられた「総合特区」などがありますが、マレーシアのように国を挙げて外資誘致を最大の目的に政府が強力に主導する計画とは種類が異なっています。
恵まれた国土や資源に支えられ、長期計画として受け継がれているマレーシア政府の大規模開発計画や経済特区政策戦略。多少の上下はありながらも毎年の指標に表れるマレーシアの堅調な経済成長の一つの柱になっていると言えるでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。